院長 白数信明(しらす のぶあき)


日本口腔インプラント学会専門医

岡山大学口腔外科(再建系)研修登録医

アストラテックインプラント指導医

2020年4月より院長に就任しました。

 

岡山大学では主にインプラント治療を行ってきました。

抜歯などの小手術もお任せ下さい。

インプラントの他、矯正や噛み合わせも専門にしており、口をトータルに診る治療をしております。

 噛み合わせや顎に悩みのある方、インプラントや矯正に興味のある方、全顎的な治療をしたい方は、ご相談下さい。

 

S55.9 岡山市に生まれる

S59.4 第3ひかり幼稚園入園(岡山市南区浦安本町)

     誕生日会で早くも将来歯科医師になると宣言

S62.4 南輝小学校 入学(岡山市南区南輝)

H5.4   岡山中学・岡山高等学校 入学

          (岡山市南区妹尾)

H11.4 朝日大学歯学部 入学 (岐阜県瑞穂市)

      歯科医師免許取得

H17.4 岡山大学大学院口腔外科(再建系)入学

      骨再生について研究

      UCLA(ロサンゼルス)と共同研究(短期留学)

      インプラント専門外来担当

H21.3 岡山大学大学院口腔外科(再建系)卒業 

      歯学博士号取得

H21.4 白数デンタルオフィスにて外科処置担当

R2.4    医療法人赤司歯科医院 理事長就任


副院長 白数(赤司)奈穂子

 

 長崎大学歯学部を卒業後、岡山大学医学部歯学部附属病院卒後臨床研修センター歯科部門を終了し、一般開業勤務後、高校時代までを過ごした玉野市で父の病院に勤務しております。

 

安心していただけるように説明を大事にしております。気がかりなことがございましたら何でも気軽に聞いて下さい。おいしく食事し、楽しく会話し、大きな口で笑える。そんな生活をサポートできたらと思います。

 

 


大先生 赤司 洋一郎

 

 当医院では、昔から信頼をえてきた基本的な技術を何より大切にします。その一方で、レーザーや高周波、デジタルレントゲンといった新しい機器を導入して、医療の質の向上に努めております。治療の方針としては、まずは痛みをとること、次に食事できる口腔環境を整える事を考え、保険でできるかぎりカバーするようにしております。もちろん、よりよい医療を求める患者さんにも添えるように自費治療も行っておりますが、無理をせずおすすめしております。また、当院では衛生面には大変気を配っております。口に入る器具類はもちろんのこと、環境も大切であると考え、週一度の大そうじを行って常に院内は清潔に保つよう心がけております。初めて来院されましたら、ぜひチェックしてみてください。子育てを終えたスタッフがそろっていますので、お子様連れでも安心してご来院下さい。

 


歯科医師勤務表(2020,7現在)

 

    月     火     水     木     金     土  
    午前

赤司洋一郎

白数奈穂子

女性歯科医師

赤司洋一郎

白数奈穂子

 

赤司 洋一郎

白数奈穂子

女性歯科医師 

赤司洋一郎

白数 信明

女性歯科医師

赤司洋一郎

白数奈穂子

 

白数 信明

白数奈穂子

 

    午後

 白数 信明

女性歯科医師

白数 信明

白数奈穂子

白数 信明

女性歯科医師

  

白数 信明

白数奈穂子

  

スタッフ紹介

赤司歯科には、歯科衛生士5名、歯科助手1名、受付2名のスタッフがおります。

はずかしがり屋なので、残念ながら顔は出しませんが、みんな笑顔がすてきなスタッフです!!

歯科衛生士はみなさんのお口の悩みによりそいます。患者さんの言葉に耳をかたむけ、丁寧にお口のクリーニングをし、ひとりひとりにあった歯の磨き方をやさしく指導します。治療のアシストもします。

受付は笑顔で皆さんをお迎えします。緊張して来院した方も、ホッとなごむ受付です。安心してお子様連れでご来院下さい。

歯科助手は縁の下の力持ちです。器具をきれいに洗って滅菌したり、患者さんが居心地がいいように病院をすみずみまでピカピカにお掃除します。

皆、患者さん思いの明るくやさしいスタッフです。何でも気軽に声をおかけくださいね。


      おまけ

 

  初代 赤司満寿夫の若かりしころの写真です。戦後間もなく玉野市で開業しました。治療の合間に患者さんとおしゃべりを楽しみ、冗談を言っては笑い、時には雷を落とすこともある!そんな古き良き時代の歯科医師だったようです。

 この頃のくらべ、歯科医療を取り巻く環境は大きく変わり、機械も材料も飛躍的に進歩しました。しかし、嬉しいことにいまだに足を運んでくれる初代の患者さんもいます。

  地域に根ざして70年。そんな変わらぬつきあいに、「これからもずっと町のホームドクターであろう」そう思える一枚なのです。